3.11から3年経過

「東日本大震災」の3.11から今日で3年が経過した。
当時を思い返すと、仕事中に突如発生した長い揺れはそれだけでいつもの地震とは違いものを予感させていた。
TVを付ければ津波が街を飲み込む衝撃的な映像。
家路には海岸線が津波警報より封鎖され、混乱漂う街並み。
それからしばらくして原発の衝撃的な爆発。

桜が咲く季節にはまだちょっとだけ遠いが、
それでも季節の巡りを感じさせてくれる。

地震地域・静岡。
巡りゆく季節と共に記憶を風化させることなく、
来るべき災害への備えを忘れないようにせねばならないと思う。

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3.11から1年経過

今日はあの「東日本大震災」からちょうど1年経った。(去年の3.11のブログ)

何度も言うが、月日が立つのは本当に早い・・・

あっという間だ・・・

地震が起きた当時。
ちょうど仕事中だった。。

長い揺れが続いた事から、小学校の時の先生の言葉を思い出した。
そういう時は、遠くの地方で大きな地震が起きるのだと。
それが当時の「阪神・淡路大震災」だった。。

速報で入るニュース映像は、津波が街や人を飲み込む映像。
ショッキングな、まるでフィクションを見ているかのような・・・

そういえば3.11の当初は「東北地方太平洋沖地震」って名前がついていたが、
被害規模が分かるにつれ、その名称も「東日本大震災」となった。。

まあそれはさておき。

3.11の当日は、帰宅するにも、150号の海岸線沿いは津波警報のため規制が敷かれて通れず、
大渋滞の街中を帰ることに。。
遠く離れた静岡でさえそんな感じで、東京の映像はもっと大混乱の様相を呈していた・・・

世界では核拡散やテロの話などあるが、それでもこの世界は平和になっていると思う。

大きな大戦のなくなった世界。
高度な医療技術の発達による平均寿命の延長。

我々はその平和の世界を生きている中で、確実に一人一人の命というものを重んじている。
すなわち、死が身近でなくなり、豊かになった現代人は死ぬことをより恐れているのだと思う。(もっとも、昔の人間の死生観などは正直よくわからないし、ストレス社会が生む年間自殺者増加もその根拠とはなり得ないが・・・)
まあ、とにかく少なくとも、自分は死が恐ろしい!

そして残念なことに、ここは日本であり、静岡である。
予想される東海地震。三連動地震。富士山の噴火。首都直下型地震。

自分ももしかしたら死ぬかもしれない自然災害が今後確実にやってくるだろう。

だがこれはもう、厳粛に受け止めなければならないと思う。
まあ、受け止めようが受け止めまいが結果は変わらないが。

覚悟と備え。

むしろそうした対策こそが大事だと思う。
3.11の教訓を忘れた頃にやってきて混乱しないためにも。
そして、その教訓を残してくれた尊い犠牲を無駄にしないためにも・・・

たった1年で忘れかけてぼやけてしまった事もあるが、
今一度改めて自分自身に問い直したいと思いますね。

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